恐れ入りますが、井上さんの現在の視力の状態を教えてください。
全盲といって差し支えないと思います。つまり、光も感じることができない状態です。
ご自身も大変なご境遇の中で、視覚障害者の支援のためのiPhone教室を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
3年ほど前、眼の治療のために入院している時に偶然「iPhoneが喋る」ことを知ったんです。Appleの提供する『VoiceOver』(*1)という画面読み上げ機能です。その頃は失明するかしないかの瀬戸際で、見込みの薄い手術をすること自体を苦悩して心身ともに落ち込んでいる時期でした。かろうじて眼が見える状態だったので、見えなくなった時の助けになればと思い、3ヶ月ほど独学で操作方法の検証を繰り返しました。
設定すると画面上のすべてを音声で教えてくれる(Apple公式サイトから画像を引用)
ご自身で一つ一つ動作を確認していかれたのですね。すごく大変だったのではないですか。
当時は『VoiceOver』の詳細なマニュアルが存在していなかったので、自分で試してみるしかありませんでした。藁にもすがる思いでしたが、後に視覚障害者のための講演会に参加したときに「自分が勉強してきたことは無駄ではなかった」「iPhoneと『VoiceOver』は間違いなく全盲の自分の助けになる」と確信しました。
ただ、同時に1つの疑問が浮上したんです。
疑問といいますと?
講演会では、視覚障害者に役立つツールをいくつも紹介してくれます。でも、実際の使い方については、「後は頑張ってください」と受講者に委ねられてしまうんです。独学で『VoiceOver』を勉強した私は、それが非常にハードルの高いことだと知っていたので、これでは結局のところ活用できない人が多いのではないかと、もやもやした気持ちを抱えました。
ツールを紹介した後の、アフターフォローがまだ十分でない、ということですね。
そんなとき、たまたま入ったカフェの隣の席で英会話のプライベートレッスンが行なわれているのを見て、同席していた友人が私に言ったんです。「あなたは目が見えないけど、『VoiceOver』の知識については人並み以上に詳しいよね。外国人が英語を教えるように、あなたはその知識と経験を活かして視覚障害者の方の為になる仕事をするのはどう?」。その言葉が、視力を失った後の仕事をどうするか悩んでいた私に希望をくれたんです。
その一言が井上さんを今のお仕事に導いたのですね。
(*1)Apple社の提供するiPhoneの画面読み上げ機能。画面に触れたり、指で画面上をドラッグすると、画面の情報をiPhoneが読み上げる。ドラッグ(長押ししたまま指を移動させる)やダブルタップ(2回連続で画面を軽く叩く)などの特定のジェスチャーで操作する。視覚情報に頼らずに、iPhoneの多くの機能を利用することができる。
【Apple公式サイト】https://www.apple.com/jp/accessibility/iphone/vision/