辻さんや桝田さんを筆頭に、御社は労務システム「SmartHR」のアクセシビリティに積極的に取り組まれています。その背景にある理念を教えてください。
桝田草一さん(以下、桝田):私たちは、労務手続きの非合理をなくしていくという理念のもと労務システム「SmartHR」の開発を始めました。そもそもアクセシブルなシステムをデザインすることを目指しています。これまで労務手続きは、書類を書いて担当者に渡し、さらに担当者が行政に提出する、という作業が必要でした。これの何が非合理かと言いますと、身体的な障害を持つ人はもとより、学習障害や識字障害の人など、さまざまな事情を持つ人にとって困難なことになっているからです。こうした非合理な仕組みをデジタル化で変えていきたいという理念でプロダクトを開発していますので、アクセシビリティへの取り組みは必然なんです
たとえば、80歳を超えた方が、「SmartHR」を使ってパソコンやスマホから年末調整を行っている事例もあります。誰でもわかりやすく使いやすいシステムを目指しているので、BtoB(企業間で行われる取引)でありながら、BtoBtoE(Employee/従業員)のプロダクトとして、多様な従業員の方々に使っていただきたいと思っています。あらゆる人が使えるシステムでないと、多様でインクルーシブな職場にはなりませんから。
具体的に、私や辻などアクセシビリティに詳しいメンバーを中心に、障害ごとに異なる支援機器を使って操作しやすいユーザーインターフェースをデザインするといったことに取り組んでいます。
アクセシビリティに精通したエンジニア、デザイナーとしてIT企業などで経験を積んできた桝田さん
辻勝利さん(以下、辻):私が以前働いていた会社では、「SmartHR」を導入していました。入社手続きはすべてオンラインで完結しますし、スクリーンリーダー(コンピュータの画面読み上げソフトウェア)を使うと他者に助けてもらう必要もありません。それまでは会社に入社するとき、人事担当者に半日ほど時間を割いてもらい、書類に記載されていることを読み上げてもらっていました。最後の方は集中力が切れかけて、もう最初に読み上げてもらった内容はよく覚えてないけれど、契約を締結するという状況でした。その点、「SmartHR」なら自分のペースで契約書を聞きみながら、自分が納得したうえで契約を締結できます。
また、紙ではないので押印は不要で、「同意する」というボタンを押すだけで良いというのは、全盲の私にとって本当に助かりました。ちなみに私がSmartHRに入社したのは、実際にプロダクトを使ったことがきっかけです。このプロダクトにもっと深く関わって、よりアクセシブルなものにしたいと転職しました。
約20年にわたり、エンジニアとして企業や自治体にWebサイトをアクセシブルにする方法を啓蒙してきた辻さん