2004年6月20日に「ウェブコンテンツJIS」が制定される等、国内の「ウェブアクセシビリティ」への関心が次第に高まりつつあります。
今回の連載では、早くから視覚障害者向けの支援技術の開発などを通じて「ウェブアクセシビリティ」の向上に貢献されてこられた静岡県立大学の石川教授にお話を伺います。
石川教授は、ご自身も視覚障害をお持ちであることから、開発者として、また利用者として、双方の立場から「ウェブアクセシビリティ」の向上に取り組んでこられました。
ウェブの出現で、誰もが情報にアクセスできる可能性が開けてきました。もともとウェブは、異なる環境で作業する研究者たちが情報を共有するためのしくみとして開発されたため、ユニバーサルでシンプルな仕組みでした。それが、ウェブの大衆化に伴って様々な用途に使われるようになり、ウェブアプリケーション(*1)や動画を含んだ複雑なものに変化してきました。その結果、想定された身体的特性からはずれた人たちにとっては、利用しづらいものとなってしまいました。ウェブは電子的なメディアであるため、テキスト・画像・音声からなる多元的メディアの情報を、様々なスタイルで提示できる可能性があり、その意味で障害のある人にとっても期待が高いメディアと言えます。だからこそ、情報アクセスの平等化という観点から、ウェブアクセシビリティの重要性が認識されてきているのだと思います。
注:
(*1)ウェブアプリケーション:ウェブ上でなんらかのプログラムが動作し、インタラクティブな処理を可能にするもの。
私は、支援技術の開発にかれこれ十数年取り組んできました。これまでに、自動点訳ソフト(日本語の文章を自動的に点字に翻訳するソフト)、スクリーンリーダー(パソコンの画面を読み上げるソフト)、ウェブブラウザ(以下ブラウザ)の開発など、「道具」を作ってきました。古来、人類は、身体の限界を超えるために様々な道具を作ってきました。私の場合は、視覚障害という身体的な特性があるので、その身体的な限界を超えるための道具を、自分で作りたいと思ったわけです。
たとえば、MS-DOS(*2)用の音声ブラウザを作ったときもそうでした。私は、当時MS-DOSを使って仕事をしており、その自分の手に馴染んだ環境を変えずに、ウェブという新しく出現してきた世界にアクセスしたいと考えました。当時はもうMS-DOSの時代は終わっており、MS-DOS用のブラウザなどは存在しませんでしたし、今後もそういうものが開発される見込みはありませんでした。だから自分で開発するしかないと思ったし、ぜったいに作りたいとも思いました。
現在は、次世代音声ブラウザの開発に取り組んでいます。これは、JAVAスクリプト(*3)によるウェブアプリケーションや、XML(*4)などの新技術にも対応した音声ブラウザです。現在日本で使われている音声ブラウザは、4〜5年前の技術に基づいたもので、今日的なレベルからすると、ウェブアクセシビリティの足をひっぱっているところがあります。その点をなんとか改善していきたいと考えています。
注:
(*2)MS-DOS:OSの一種で、Windowsが出る前はこれが主流であった。
(*3)JAVAスクリプト:ウェブ上で動作するプログラムの一種
(*4)XML:eXtensible Markup Language。HTMLのように文書やデータの意味や構造を記述するためのマークアップ言語の一つ。
私は「ウェブアクセシビリティ」は共同作業であり、関係するいくつかの立場のプレーヤーそれぞれが自分の役割を果たし、ベストを尽くすことが重要だと考えています。ここでいうプレーヤーとは、コンテンツ制作者、オーサリングツール(*5)開発ベンダー、支援技術開発ベンダー、そしてOSベンダーなどです。コンテンツ側では、アクセシビリティに配慮した形でのコンテンツ制作が必要であり、そのためには、道具となるオーサリングツールのアクセシビリティ機能も充実していなければなりません。支援技術側には、最新の技術に対応した音声ブラウザ等のツールの開発が求められます。
それぞれが努力を怠ると、どこかに過度の負担がかかってしまいます。今までは、支援技術側が負担を強いられてきましたが、ウェブコンテンツJISの制定により、コンテンツ側が配慮するようになれば、状況は変わってくると思います。
私の立場としては、支援技術側でできることを、まずはきちんとやり、その上で他の立場の企業や個人にも自分の役割を果たすように要請していきたいと思っています。JIS制定時、私自身はワーキンググループには入っていませんでしたが、ユーザグループに呼びかけて研究会を開き、ワーキンググループの方たちに間接的に働きかけました。私は常々「バランス」を大事にしており、無理な要求ではなく、妥当な要求を出していくことを心がけました。誰もが納得できる妥当性のあるガイドラインを制定することが、長期的に見て重要なことだと思うからです。
注:
(*5)オーサリングツール:ホームページ等の作成を行うためのソフトウェア
国際的にはW3C(*6)がアクセシビリティに関する各種ガイドラインを定め、取り組みをリードしてきました。現在はウェブコンテンツアクセシビリティガイドライン(WCAG)2.0の策定作業を行っています。 アメリカにおけるリハビリテーション法508条の制定をはじめとして、欧州諸国や、アジアの一部の国でもウェブアクセシビリティに関する取り組みが具体化しています。
国内の動向は、ここ数年急速に変化してきていると感じます。現時点ではまだ、ウェブアクセシビリティについて誰もが知っている状態とは言えません。けれども、数年前までは誰も知らなかったのが、知っている人は知っているという段階にはなってきています。少なくとも、行政の担当者レベルには浸透してきたと言えるでしょう。
ウェブコンテンツJISの制定後、自治体や中央官庁などでは、ウェブアクセシビリティを意識するようになってきています。日本の場合、法的な拘束力のないガイドラインであっても、いったん制定されると、横並び的に反応するという特徴があります。
また、ウェブクリエイターたちは、アクセシビリティに関する技術を持っていないと受注できないのではないかという「危機感」と、逆に技術を持っていれば受注できるかもしれないという「期待感」を抱いているようです。JIS制定後間もない2004年7月に行なわれたクリエイター向けのあるセミナーでは、1日で700人もの申し込みがあり、「危機感」と「期待感」の大きさを実感しました。
今まで、クリエイターの文化はデザイン中心であり、極端なことを言うと、HTMLの文法を知らなくてもウェブクリエイターであり得たわけですが、今後はデザインに加えて論理的な構造もきちんと設計できないと通用しなくなるでしょう。ウェブをさらによいものにしていくため、XMLをはじめとした、マシンアンダスタンダブル(*7)な情報交換の仕組みが求められています。それには、論理的な構造が不可欠です。アクセシビリティはその意味でも良いトレーニングの機会となると思います。
注:
(*6)W3C:HTMLをはじめとしたウェブ技術に関する国際標準機関
(*7)マシンアンダスタンダブル:コンピュータ同士の情報の受け渡しが可能であること。
公共のサイトでは、ウェブアクセシビリティに配慮した対応を始めており、ウェブコンテンツJISはその拠りどころとして重要な位置を占めますが、JIS規格だけでは十分ではありません。外部発注する場合でも、単にJIS準拠を指定するだけで最終目的が果たせるわけではありません。発注者である行政側にもアクセシビリティについて検収する知識や方策があることが必要であり、検収をサポートする専門的なコンサルタント機関の活用が課題となってくると思います。
このような問題を解決していくためには、ワークフローを整備して、具体的な手順や方法を提示することが重要です。しかも、ワークフローは、技術的な部分だけではなく、ウェブサイトの構築・運用・第三者による評価なども含んだ全体的なものでなければなりません。総務省の研究会で、ワークフローを標準化しようという検討が始まっていますが、現状ではまだできあがったものはなく、今後の課題と言えます。
以上は主に公共分野での話ですが、私は、今回のJIS制定では、どこまで民間に波及するかが試金石になるとも考えています。
私は、ものを作ることが好きですし、それが自分の特性に合っていると思うので、今後も支援技術の開発を中心に取り組んでいきたいと思います。いま取り組んでいる具体的な目標は、次世代型の音声ブラウザの開発です。
また、福祉用具に関しては、開発支援の仕組みは豊富にあるのですが、ユーザーへの支援が立ち遅れています。国の制度の「日常生活用具給付事業」で認められている用具は、視覚障害の場合でいうと、杖・カナタイプなどの古典的な道具がほとんどで、スクリーンリーダーや音声ブラウザなどのソフトウェアは認められていません。点字ディスプレイも点字プリンタもそのような用具とはされていません。必要な道具というのは人によって違いますから、品目で固定するのではなく、ユーザーが自分で用具を選べるように制度を改革していくべきだと思います。障害者が使う道具は、市場が小さいため、一般の道具に比べて価格が10倍くらいしますので、なんらかの補助がないと使えないのが実情です。所得にもよりますが、なにも全額給付でなくてもよいので、必要なハードウエアやソフトウエアを入手できるように、ユーザー支援の制度の充実を訴えたいと思います。
ウェブアクセシビリティの実現は、制作する側のユニバーサルデザインと利用者側で使われる支援技術との共同作業です。それぞれが自分の役割を引き受けて、ベストを尽くすことが大切です。
利用者側でもできることはあります。まず、力のある利用者は他の利用者をサポートすること。そして、ウェブサイトに対してフィードバックすること。これは、ネガティブな評価だけでなく、ポジティブな評価もきちんと伝えていくことが重要です。共同作業はひとりではできません。それぞれの立場でできることを頑張っていきましょう。
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原本作成日: 2002年4月1日; 更新日: 2019年8月16日;