トップページ ウェブアクセシビリティとは アクセシビリティに関する取り組み例
インタビューはいずれも2002年1月22〜24日に実施しました
WAI(Web Accessibility Initiative)は、WWW(ウェブ)の技術の標準化と推進を目的とする学術団体W3C(World Wide Web Consortium)の下部組織です。障害のある人を含め、誰にとってもウェブが利用できるようにする「ユニバーサルアクセスの実現」を目指し、1997年4月にW3C内に設立されました。
WAIは、1999年にはじめて、ウェブアクセシビリティの基準である、ウェブコンテンツ・アクセシビリティガイドライン1.0(略称、WCAG1.0)を示しました。このガイドラインにより、ウェブアクセシビリティの概念が確立しました。
ウェブコンテンツ・アクセシビリティガイドラインは、インターネット技術のさらなる発達など、ウェブアクセシビリティを取り巻く環境の変化に対応して、現在新しいバージョンのガイドラインの作成が進められています。
現在示されている、WCAG2.0のドラフト(下案)では、ガイドライン項目は4つに絞り込まれて、まとめられています。
最新の情報によると、WCAG2.0は、2003年ごろには勧告されるようです。現在のWCAG1.0の置き換えではなく、初心者にもさらにわかりやすくあまり技術的な点にこだわり過ぎない物になるようです。また、WCAG2.0については、連邦政府のアクセス委員会側でも、将来的にリハビリテーション法508条のウェブアクセシビリティ基準として採用する用意があるとしています。
WAIのガイドラインは、各国のウェブアクセシビリティに関する取り組みやウェブアクセシビリティの点検システムなどにも影響を与える可能性があります。この後も、このWCAG2.0の検討状況には注目していく必要があります。
ウェブコンテンツ・アクセシビリティガイドライン2.0の進捗状況、リハビリテーション法508条の関連性、日本を含めたアクセシビリティの国際的な広がりについての課題などについて、WAIのディレクター、ジュディ・ブルーワーさんにお話を伺いました。(聞き手は、アライド・ブレインズ株式会社の安藤昌也氏)
Q: まず、現在新しいウェブコンテンツ・アクセシビリティガイドライン(WCAG)2.0を作られていると聞いています。現在の作業状況と、今後の見通しについて教えてください。
ジュディー(以下、J): 正直に言いまして、今後のスケジュールは不透明なところがあります。最終的な勧告の段階にまでは、いくつもの段階を踏まなければなりません。現在はまだ、ドラフト(下案)の段階です。ドラフトはまだ修正を加える予定です。今のところ言えるのは、2002年中には勧告することはできないと思います。
現時点でも、WCAGの1.0は安心して皆さんに参照していただける状態として、存在していますし、今後もそれは変わらないので、当面は1.0でも問題ないといえます。
Q: WCAG2.0は、どのような理由でバージョンアップをされようとしているのでしょうか。
J: いくつもの障害に対して対処しなくてはならないのは変わっていないのですが、新しい技術、特にXMLの技術の要素を反映させたかったからです。それに、WCAG1.0にいくつかの難点があることにも気が付いたことが理由としてあげられます。たとえば、CSS(カスケーディング・スタイルシート)や、ユーザーエージェントへの暫定対処の項目など、あいまいな部分があるため、これらを明確にする必要がありました。
また、WCAG1.0は、W3Cのほかのガイドラインとは異なり、このガイドラインの対象となっている人が、さほど技術的には通じていない人が多く、特に初心者がかなり多いということに気が付きました。これらのことから、より明確でわかりやすいガイドラインを作ることにしたわけです。
わたしたちとしては、このガイドラインを法律や政策でそのまま利用したり参照できたりする形にしたいとも考えています。
Q: リハビリテーション法508条では、WCAG1.0の優先度1の項目が基準となりましたが、508条については、どのようにお考えでしょうか。
J: 508条は、すでに15年ほど前からいろいろと議論が繰り返されてきたものです。ウェブアクセシビリティは、1998年の修正の際に盛り込まれた項目です。当初、508条の検討では企業や障害者団体等のアドバイスにより、WCAG1.0を直接参照する方向で検討が進んでいました。ところが、実際にはWCAG1.0の優先度1の内容を、かなり縮小したり、変更したり、書き直したりして、条件を非常に狭くした内容になっています。特に、知的障害者に対する配慮はまったくなくなってしまいました。
もちろん508条は評価すべきです。いい結果としては、社会全体のウェブアクセシビリティに関する意識度が上がったことです。官庁関係のみならず、一般企業でもウェブアクセシビリティをどうにかしなければならない、という認識が広がった点は、大変よかったと思います。
一方悪い結果としては、先にもあげたように、WCAG1.0の分割化をしてしまったことにより、ウェブ制作者としては、どの基準に従えばいいのかわからなくなってしまったことがあります。本当であれば、オーサリングツール(ウェブページ作成ソフト)やユーザーエージェントについて、ユニバーサルデザインを取り入れることを盛り込むべきでした。
ウェブアクセシビリティで大事なのは、まず1つのガイドラインがある。その基準をオーサリングツールが準じる。この2つがあることにより、アクセシブルなウェブページを作ることができるようになる、というプロセスです。
その後議論を続け、アメリカアクセス委員会は、次の法律の見直しのステップでは、WAIの意見を組み入れると約束しています。
私たちが508条に関して言うとすれば、基準の調和、ハーモナイズが最も大事だということです。私の意見としては、基準の分割化のために、1年か2年、時間をロスしてしまったように感じます。ただ、政府の調達基準としてウェブアクセシビリティを採用する方法は、大変効き目のある方法です。ウェブアクセシビリティを拡大する方法としては、よい方法だと思います。
Q: 日本では少しずつウェブアクセシビリティの取り組みが拡大しつつあります。日本に対してアドバイスがありましたら教えてください。
J: 508条のように、政府の調達基準としてウェブアクセシビリティを採用するのはよい方法です。ただ、大切なのは方法論として508条をまねしてください。基準については分割しすぎていますので、それをまねしないようにして、その基準をよく検討することが大事だと思います。
私の印象では、日本はいろんな官庁が関連していて、縦割り行政の障害でうまく連携でないというイメージなのですが、ウェブアクセシビリティに関して、そうした縦割りはよくありません。何度も申し上げていますが、基準はいくつもあってはいけません。ハーモナイズが大切です。関連する省庁が協力し合ってやるべきです。
また、ウェブアクセシビリティで忘れてはいけないのが、オーサリングツールやユーザーエージェントのアクセシビリティです。ウェブコンテンツとオーサリングツールなどのアプリケーションの両方を1つの問題として扱うようになれば、ユーザーにとっても早く進展しますし、企業側からも注目を浴びるようになるでしょう。
CAST(Center for Applied Special Technology)は、技術を使って障害者を含むすべての人に対する機会均等を拡大する教育関連のNPO団体です。1984年に設立されました。アメリカでは、2100万人を超える障害者がウェブを利用しています。また、530万人の特殊教育の生徒が、全米の公立学校でウェブを利用するための教育を受けています。CASTは、こうした障害をもった人の機会向上を促進できるさまざまな取り組みに寄与しています。ウェブアクセシビリティに関しては、ウェブページのアクセシビリティの度合いを点検する「BOBBY(ボビー)」を開発・提供しています。
ウェブアクセシビリティを確保するためには、BOBBYのような点検システムが重要となります。ウェブアクセシビリティでは多くの点検項目があり、そのすべてをウェブ制作者が対応することは実際には困難です。また、一箇所でも重要な情報に対する配慮がかけていると、正確な情報伝達が難しくなってしまいます。こうした“モレ”についても、ウェブアクセシビリティ点検システムを使えば、避けることができます。
また、リハビリテーション法508条の施行にあわせ、BOBBYも508条の項目について点検できるようになりました。
最新の情報では、ウェブアクセシビリティを初心者でも理解できるように教育する新しいツール「BOBBY TRAINER(ボビー・トレーナー)」を開発中だとうことです。BOBBYは、ウェブアクセシビリティの度合いをチェックし、その問題点と解決方法のヒントを報告してくれます。しかし、初心者にとってはBOBBYの報告を理解しにくい場合があるようです。BOBBYトレーナーは、初心者でもウェブアクセシビリティの重要性と修正方法を理解しながら、実際に修正を行うことのできるツールとなっています。近く公開される予定です。
ボビーの利用状況やリハビリテーション法508条の影響、今後の取り組みなどについて、BOBBYのテクニカルディレクターマイケルクーパーさんにお話を伺いました。(聞き手は、アライド・ブレインズ株式会社の安藤昌也氏)
Q: BOBBYは、リハビリテーション法508条の点検項目にも対応しましたね。その後BOBBYの利用に変化はありましたか。
マイケル(以下、M): BOBBYには2つの提供形態があります。1つは、ウェブ上のツール。もうひとつが、ダウンロードしてパソコンで利用するツールです。昨年後半に、ダウンロードして利用するツールは、有料化しました。これは、CASTを支援している慈善団体の予算が削減された事情がありやむを得ずそうしたわけです。
508条の点検ができるようになった時期がちょうど有料化と同じタイミングだったため、ダウンロードは以前に比べ減るのではないかと予想していました。確かに少しは減りましたが、思ったより減りませんでした。ウェブ上のサービスも正確な数はわかりませんが、相当利用されているようです。
BOBBYを有料にしてもダウンロード数が減少しなかったのは、508条によりウェブアクセシビリティの市場ができたことを意味していると思います。私たちはNPOなので市場を利用するつもりは余りありませんが、今後WCAG2.0などへの対応のためにも、開発費の確保は必要だと考えています。
Q: 508条で市場が作られたという認識ですが、現在508条関連のビジネスはどのように立ち上がっているのでしょうか。
M: 確かにウェブアクセシビリティに関するコンサルティングなどのビジネスが増えつつあります。BOBBYのような自動の点検システムでは、十分なアクセシビリティを確保することは困難です。そのため、最後は人の手で対応するしかありません。企業の中には、人手で確認する作業を誰かに任せたいというケースが多い。そのため、コンサルティング会社は増えています。しかし、実態はいろいろです。ノウハウがあまりないコンサルティング会社も見受けられます。社会全体からみると、こうした状況はあまり好ましくありません。CASTはウェブアクセシビリティを正確に理解し、WAIの基準を正確にサポートしていることを明確にし、ほかの組織からも目立つ形で存在することが重要だと考えています。そうしたスタンスを保ち続ければ、周りのコンサルティング会社もついてきてくれる、またこういう形を作っていかなければならないと考えています。
Q: WCAG2.0がWAIにおいて検討されています。今後、どのような展開をお考えでしょうか。
M: WCAG2.0のリリースは、まだ先ですのでシステムを作る計画はまだありません。2.0が勧告されてからになると思います。
現在私たちが考えていることは、ウェブアクセシビリティの教育システムです。現在のBOBBYにしても、ウェブアクセシビリティを全部チェックしたり修正したりする、完璧なシステムを作ることは不可能です。その代わりに、インタラクティブにウェブアクセシビリティを教えてくれるシステムが有効だと考えています。
アメリカでもウェブアクセシビリティを教育するサービスが2つくらいあります。しかし、現在考えているのは、まずBOBBYのように点検すると同時に、アクセシビリティとは何か、どうして問題なのか、どのように配慮すればよいかをステップ・バイ・ステップで理解できるようなソフトウェアです。このソフトウェアは現在制作中ですが、このソフト自体がアクセシブルに作られています。近いうちにこのツールも公開できると思います。期待していてください。
Q: ウェブアクセシビリティを社会に広めるために、取り組まなければならない課題があるとすれば、教育のほかに何があるとお考えですか。
M: 重要なのは教育だと思いますが、オーサリングツール(ホームページ作成ソフト)が作るHTMLのウェブアクセシビリティを高めることも不可欠でしょう。オーサリングツールを作っている会社に働きかけることもしたいと考えていますが、予算などの関係でなかなか取り組めないのが現状です。一方、オーサリングツールを提供している企業もなかなか腰が重いのも問題です。オーサリングツールの中には、すこし手を入れるだけで、十分アクセシブルなページを作成できるように変更できるものもあります。今後の課題のひとつですね。